(むし歯も歯周病にもならないで、頭も良くなる方法を教えます)
秘伝「かむ健康術」(ひでんかむけんこうじゅつ)
著者 市 来 英 雄
はじめに
食物のおいしさをよく噛んで味わい、くつろいだ楽しい雰囲気で食事をする、そして、食べたものが栄養として身について、
生涯を、ボケないで若々しく健やかにおくれるということはだれもが望むことです。
しかし、これらを希望することは今日、かなりむずかしくなってきています。
というのは、現代、ほとんどの人の生活習慣、つまり日常のライフスタイルが変わったからです。
高齢者の環境は、超高齢化の時代、核家族社会の中での孤立生活、フードチェーン化での食生活、欧米食生活化の傾向、
徒歩から車社会への移行、管理医療や薬漬け、情報社会の中での精神生活のアンバランスなどです。
また、子供に例をとってみれば、生活の夜型化、孤食、朝食抜き、運動不足、学歴偏重によるつめこみ学習、
成人病の若年化、欧米型食生活、都市生活化での地域とのかかわりや自然との接触の希薄化、
精神生活のアンバランスなどなど、現代社会の生活では数えきれないほどの大きな問題が指摘できます。
平成8年12月に、厚生省公衆衛生審議会は、
「生活習慣に着目した疾病対策の基本的方向について」という表題を掲げ、その中で、
新しい病気の用語を使って新予防法を打ちだしました。この新しい病気の用語とは、「生活習慣病」というものでした。
これまで使っていた「成人病」を、今後は、「生活習慣病」と呼ぶようにしました。
これまでの成人病とは,その原因の中で"老化"を重視していて、予防対策としては"早期発見・早期治療"
すなわち、二次予防というものが目標とされていたからでした。
しかし、現代は、小児も成人病といわれる病気に罹患するようになってきました。
そこで、これらを成人病と呼ぶのはふさわしくなくなったこと、成人、高齢者を含めて病気が発生してからは手遅れで、
そのための療養にも莫大な費用と負担がかかることなどで、「生活習慣病」と命名して予防の目標とその方向を変えました。
さて、わが国の1年間の死亡数は約90万人のうち、がん、心臓病、脳卒中、糖尿病、高血圧症を合わせると2.9%です。
そのうちの生活習慣と関連する病気は、死亡原因の2/3を占めています。
病気が発生してからの早期発見早期治療というものは、国際的にみて、もう時代遅れで、
それ以前の生活習慣の中で、だれも、いつでも手っ取り早く自分自身で実行できる予防、
つまり、第一次予防「自分の健康は。まず自分で守る」ということを重視したからでした。
日本は、戦争を中心にしての困窮時代には、乳幼児死亡率が激増したり、青年期の結核、
そして伝染病、栄養失調症,寄生虫病、皮膚病などが蔓延したりして多くの国民が罹患し死亡者も増えました。
しかし、時代の流れと共にそれらが去り、物質社会、贅沢社会の到来と共に、今度は、
脳卒中、ガン、高血圧症、糖尿病、心臓病(心筋梗塞や狭心症)などの死亡が上位を占めるようになってきました。
予防医学が進歩していくにつれて、また、医療先進国の情報が身近になるにつれて、これらの病気を作っていくのは、
「生活の中にある習慣のあり方」であり、これに注目することがなによりも大事だということが分かってきました。
それは、ガン死亡では35%が食生活、30%が喫煙、3%の飲酒がその発端であり、
この生活の習慣を軌道修正することでガン発生率を大いに低めることができるということで説明できます。
また、高塩分や高糖度の食習慣、低脂肪食,動物性たんぱく質食,重労働、飲酒習慣が、
ノイローゼや高血圧さらには脳卒中の起源に関連しています。
さらに欧米型肉食習慣や高脂肪食習慣が、糖尿病や肥満、高血圧症などに関連して発生していることなども
生活習慣の乱れから起こっていますからこれらを十分に修正することが予防の基本となります。
これらの生活習慣の乱れから起こる病気の患者さんの数は、高血圧症は約749万人、糖尿病が約690万人、心臓病が203万人で、
これらに使われる医療費は、がんが1兆9千億円、脳血管の病気が1兆8千6百億円です。
全部を換算したら約7兆3千億円となります。これを考えれば、生活習慣病だけで32%を浪費していることになるのです。
そこで、先にも述べましたが、生活習慣病の予防は、従来の早期発見,早期治療に移行するという考え方から、
その病因の中で生活習慣を重要視して、病気になる前の、つまりその誘引の芽を自分自身で摘んでしまおうということなのです。
言いかえれば、健康体は自分自身で作り、そして守っていくことがなによりの基本となるのです。
現在、日本は世界一の長寿国を授かっていますが、これを長続きさせていくには、
生活習慣病というものを国民一人一人が認識、重要視して実行に移さなければなりません。
特に、生活習慣では悪い方向へ向かっているといわれている現代の小児や青少年は、
やがて年をとる頃には平均寿命も著しくて低下し、
世界の長寿国の地位は著しく後退するのは避けられなくなると言われているからです。
生活習慣で、最も重要視されるべきものには食習慣があります。
周知のとおり、食習慣の良し悪しいかんでは病気の発生率も大いに違ってきます。
その食習慣を、健康という軌道上に乗せることが何よりもまず大事なことです。
そこには、まず「口(くち)」が登場します。口は、健康の入り口です。
しかし、わが国では、健康の入り口,そして消化器官の始まりともいえる肝心の口の中が、現在とてもみじめな状態にあります。
口(口腔=こうくう)は、人間が生きていくために必要な栄養素をとり入れる最初の入り口です。
昔から、『口は健康の入り口』と言われるように、口は健康を生み出す源です。
それは命全体、健康な体そのものを育て、そして守っています。口(口腔)の健康なくして全身の健康は望めません。
消化器官の第一関門に立っているのは口であり、歯はその衛兵で臓器の守り役と言えるのです。
そのためにいちばん働かなくてはならない歯が、いま年齢を重ねるごとに驚くほど失われています。
わが国は、諸外国にくらべると、幼児から高齢者までむし歯や歯周病にかかっている割合が高く、
よく噛める機能が大幅にそこなわれています。
しかも、比較的かたいものでも、よく噛んで食べて味わってきた日本特有の食文化は、
いまや冷凍・加工食品やファーストフードに象徴されるように軟食化の傾向にあります。
そしてますます欧米化をたどり、粉食や半調理品を中心とした、噛まなくてもよいような食事体系になってきています。
また、本来の「食物」と呼ばれたものは、ほとんどか製品化された「食品」になってしまいました。
食品というものは、化学物質などを加えたり機械の手などを借りたりして、さまざまな工程などを経て商品になったものを指します。
ですから現在の私たちの周囲は、もう食物ではない食品と呼ばれてしまっているものが蔓延しているのです。
その中で私たちはいま生きなくてはなりません。
でも、日本人の平均寿命はいまや世界一となり、80歳を越えるまでになりました。
しかし残念なことに、歯の寿命は50歳程度しかありません。
また、80歳で自分の歯はたった6.2本の歯しか残っていないというのが日本の実情です。
(厚生省健康政策局歯科保健課編「平成11年歯科疾患実態調査より」)。
ちなみに、アメリカでは、80歳の人は約15本以上も残っています。
これはなぜなのでしょうか?この本を読み進んでいくことでこのことは理解できます。
しかしながら、私たちは、ずっと以前から口腔の病気におかされないように、
歯みがきをする、甘いものを制限するというように、熱心にその予防方法を実行してきました。
確かにそのこと自体も非常にだいじなことですが、はたしてこれだけで歯は救うことができたのでしょうか?
いいえ救えませんでした。
もつとだいじなことは、文明が進んだ世の中で国際間で応用・実施されている科学的なむし歯予防の方法を即実行すること、
そして、体のためになるさまざまな栄養素をバランスよく摂取すること、そのためにはよい歯を使ってよく噛むことだったのです。
私たちは、長い人生の道のりを健康で乗り越えるために、また、毎日を元気に活動していくために、体や心の栄養も必要です。
そのためにはどうしても、私たちが生涯お世話になる「食」というものを根本から見直してみる必要があります。
特に、高齢者の方々の、何よりの楽しみは、「何でもおいしく食べられる」ことです。しかし年をとると、
体力はもちろん、歯や消化器官の機能の減退もまぬがれることはできません。
歯を早い時期に失うと、そのハンデイはますます増加します。
一方、現代の子供たちはどうでしょうか。
確かに、一見欧米の子供なみに背が伸びて脚もスラリと長くなってきました。
しかし、ヒョロヒョロした体つきの子供、すぐに姿勢を崩してしまう子供、朝礼ですぐに倒れてしまったり、
ちょっとしたことで骨折を起こしてしまったりする根気のない疲れやすい子供も目立つようになりました。
しかも、現代の子供たちの生活はあまりにも忙しく、塾やおけいこごとなどのスケジュールに追われています。
そのため食生活は、本来の食事ではなくて「餌(えさ)化」しているきらいがあります。
さらに、保健婦さん保母さん、学校関係者の間から、噛めない子、噛まない子、なかなかじょうずに食べ物を飲みこめない子、
食べ方のへたな子が増えているという訴えが出され続け、もうすでに10数年が経過しています。
はたしてこの問題は解決したのでしょうか。おそらく、今後ますますひどくなっていくのではないでしょうか。
ようやく最近「噛む」ことの大切さが言われ始め、歯科医師による啓発活動や
マスコミなどによる情報提供も盛り上がりをみせてきたようです。
そのため必要な知識がいろいろな場所で得られるようになりました。
よく噛むことは、体だけでなく精神の糧(かて)にもなり、知力の発達を促すということも知られるようになってきました。
この噛むことが精神の糧になり、知力を増すということを、特に私なりに検索してまとめたのがこのコーナーです。
私はこの項の中で、噛むことを、単に咀嚼のための機能という狭い枠組の中でとらえるだけでなく、
生命活動や、知力、運動機能などを向上させる重要なものであるということを主眼にして訴えてみようと思います。
私は栄養の専門家でも、大学に残って研究を続けている研究者でもありません。一介の開業歯科医師です。
栄養の専門家でない開業歯科医師が、なぜ栄養を書いたかという疑問が出るかと思います。
それは「あとがき」でご理解いただけるものと思いますが、私は以前、全く食べることについて知識がありませんでした。
そのため学生時代には栄養失調による重病をしてしまいました。そのときはじめて栄養というものが
いかに大事であるかということを知ったのでした。
そして、歯科医師として診療を続けるかたわら噛むことの大事さに気づくとともに、栄養との関係をも知りました。
そして資料を集めたり、必要なことを書きためたりしてきました。
それがいま大いに役立ち、自分の症例や体験を加えたこのコーナーになったのです。
また、ひとことだけを狭く深く追求する多くの大学の研究者とはちがって、私は、開業医としての立場から、
口や歯をとおして幼児から高齢者の多くの方々とこれまで真剣に人間全体でお付き合いしてきました。
これが幸いしてか、歯だけではなくて人びとの全身健康を、幅広くそして深く、その奥底までも追求してくることができたでした。
このような考えで皆さんの全身の健康を願って誕生させたのがこのコーナーです。
中高年齢の方々、お孫さんをお持ちの主婦の方々、長い道程を経てこられたご高齢の方々、
さらに「歯」と「体」と「心」に関心を寄せる多くのかたがたの、今後の健康や、お口の健康はもちろん、
すこやかな食生活の一助になることを願ってやみません。
平成13年1月吉日 当HPの著者
総目次(1)
総目次 (2)
最も致命的な違法薬物は何ですか?
@ 唾液は、仙人の長寿薬
唾液はホルモンの宝庫
唾液(つば)の効用というものは、中国では、紀元前からずっと注目されてきました。
その中国では、長寿法の一つとして、「夜中に起きて、つばを飲む」ということも重んぜられ、その方法も伝わっていました。
多くの学者や貴族諸侯が、このつばを飲んだり,ゆっくり、ゆったり、よく噛(か)んだりして唾液を十分に食物にまぶしながら
この長寿法を実行したという記述も残されているそうです。
唾液には、動脈硬化や老人性痴呆症の原因となる物質の発生を防ぎ、また、長生きをさせる「長生きホルモン」など,
人間が生きていくために必要な多くの種類のホルモンや酵素類を豊富に秘め持っています(詳しく後述してあります)。
唾液の研究では、現在も、唾液のさまざまな効果やその作用など、貴重な新たな発見がなされています。
また、よく噛むことで豊富に出てくる唾液には、精神を安定させる精神安定剤、
つまり、トランキライザーの働きもあることも分かってきました。
古典医学研究家の槙佐知子氏によると、大思想家の老子が、関守の尹子(いんし)という人物に与えた文献には、
次のような言葉があったといいます。
「王の徳があまねく行き渡り、よく治まっている世には、霊泉(れいせん)が涌(わ)くといわれている。
甘酒のような味の泉は、老化を防ぎ寿命を延ばす。
唾液はその泉のように涌き出して玉のようなエキスとなり、流れて美しい池となる。
それが体に散って行くと精液となり、降ると甘露(かんろ)になるのだ。だから口の別名を『華池(かち)』というのである。
口の中に涌き出すこの貴い泉を飲めば内臓にゆきわたって体に潤(うるおい)を与え、血液や気の巡りを良くする。
その結果、栄養が体の隅々まで運ばれ、あらゆる機能が十分な働きをするようになる。
手足や関節の働きも、毛髪の成長も、そのもとは唾液にあるのだ」
さらに槙佐知子氏は、当時の仙人たちが実践した、「唾液の分泌促進法」を紹介しています。
それは、舌の先で上下の歯をなでるだけということです。
唾液の効用は、現在も涌き出してくるように新発見が発表されていますが、まだまだ解明ができていない部分も多くあります。
さらに唾液の研究が進めば、身体の健康にとってさらにすばらしい貢献をしてくれると思います。
いま、ここに、非常に酸っぱい黄色いレモンがあります。
さらに、シソの葉の色素でよく染まった真っ赤な大きな梅干があります
では、まずこのレモンを二つに切って汁を吸うことにします。
「とてもすっぱいです………ぅ」
次に、この梅干をかじってみましょう。
「こんどは、もっとすっぱいです。水が欲しくなりました」
さて、私が、レモンや梅干の話を持ち出したとき、このレモンの汁を吸ったとき、
さらに梅干をかじったとき、皆さんの口の中はどうなりましたか?
レモンのすっぱさを、梅干のすっぱさを想像しただけで、あごのあたりが変な感じになり、口の中に唾液がわいてきたでしょう。
この唾液は、私たちが生きていくために毎日、いつでもどんなときでも、とてもだいじな働きをしてくれているのです。
また一方、私たちが恐れや、不安の心理状態になる場合がありますが、その時には、瞬間、唾液が放出されるとともに、
「ゴクリとつばを飲む」の状態が身体には現れます。この間に神経機構が瞬時に身構えの態勢を取ると言われています。
そのように、体にとっていろいろと大事な働きをしてくれる唾液ですが、よく噛まないでその分泌を抑制したりすれば、
いろいろな弊害があらわれてくるのは当然です。
唾液は、いつも口の中ではわずかずつ分泌されていますが、食物などが入ってくると盛んに分泌されるようになります。
主に、唾液は、3大唾液腺(耳下腺・顎下腺・舌下腺)から分泌されますが、口に入ったもの、
精神状態によっても、その量や性質はちがってきます。
特に、歯ごたえのあるものをゆっくり、くつろいで噛むことによって、唾液ホルモンなど、唾液に含まれている有効な成分が
多量に分泌されて、歯を丈夫にするだけではなく、血のめぐりをよくし、体の隅々まで栄養を行き渡らせて
筋力を高めたり、増血作用などを盛んにしたりしてくれます。
そのように、唾液は多ければ多いほど健康が保たれ、そして人間の生命機能に十分な働きを起こさせる原動力となります。
また、胎内においても、赤ちゃんは母体の唾液ホルモンに助けられて歯や骨をつくっていくので、
妊婦がよく物を噛んで食べるということは非常に重要な行為といえます。
唾液の中にあるムチンは粘りけ出し、こまかく砕かれた食物をなめらかに、
また、口の中の粘膜や舌の表面が傷つかないようにする働きをしてくれます。
唾液腺ホルモン(パロチン)は、骨や歯を硬くする働き、つまり石灰化機構に役立っています。
パロチンは体の組織を丈夫にして老化を防ぐ働きがあります。
それは、顔色をよくし、肌に張りをもたせて若さを維持したり、
毛髪などの発育障害や血管壁の弾力繊維減退を予防したりするので、別名「長生きホルモン」とも呼ばれています。
このパロチンは、唾液腺から口の中に出る前に血管内にも分泌され、血液にまざって全身に行き渡ります。
唾液の中のアミラーゼという酵素は、デンプンを消化し麦芽糖に変えて、血液中の血糖値を速やかに高める作用があります。
また、それは、肥満防止にも大切な役割を持っています。
唾液中のリゾチーム、ラクトフェリンなどは口腔内の細菌の繁殖を抑えてくれます。
それは、口の中は唾液による自浄作用(自然の清掃作用)があるということになります。
さらに唾液には、食物中にある発ガン物質を抑える酵素、ペルオキシターゼがあります。
ざっと,唾液の効用を羅列しましたが、この本で、最初に、まず言いたかったことは、
唾液は、「長寿薬」であって,「豊富なホルモンや酵素類の宝庫」ということだったからです。
A きんさんぎんさん歯がなくても
どうして長生きできたの
名古屋には世界的な有名な長寿の双子姉妹がおられます。
それは、あの有名な成田きんさんと蟹江ぎんさんで、歯が1本もなく入れ歯を入れていなかったきんさんは
平成12年1月23日に,風がきっかけの心不全で亡くなられました。107歳でした。
きんさんぎんさんの誕生した日は明治25年8月1日でした。きんさんは19歳でお嫁さんになって
4人の息子と7人の娘を誕生させました。一方、ぎんさんの方は22歳で嫁ぎ、5人の娘を産みました。
故きんさんは四男の幸男さんの家族と住んでいて、
ぎんさんの方は末娘の美根代さんの家族と一緒に生活を共にしていました。
さて、ぎんさんには、前歯5本が上あごに残っていますが、故きんさんには全く歯は残っていませんでしたし
入れ歯さえも入れておられませんでした。
ところで、故きんさん、ぎんさんは107歳だったのに、どうしてあんなに元気で頭もさえておられたのでしょうか。
歯がなくても、故きんさんはふだんでも、あごをしきりに大きく動かしておられたのが目につきました。
このしょっちゅうあごを動かすことに、老化を防ぐ第一の秘密が隠されているようです。
しかも、故きんさん、ぎんさんは何でもやる気が旺盛で、何にでも興味を持つ、好奇心のかたまりと言える人たちでした。
そのために、精神面を含めた全身が常にいきいきと活性化され、その結果、頭もさえるというわけです。
これが第二の秘密ではないでしょうか。
第三の秘密は、大地に足を付けて二本足で歩くことです。
二人は毎日、大好きな散歩を続けたり、さらに、百歳になってからは動き回ったりする行動が多くなっていました。
それは、全国の多くの施設や、全国各地のイベントにも呼ばれたり、全国からの取材の申し込みに応じたり、
旅行を楽しんだりしつづけてきたからでした。そのことが全身健康を保つ秘訣になったのです。
このことをよく物語ってくれる結果を以前、靴のメーカーである月星化成の商品開発部設計課の出利葉秀二課長が
よき示唆を与えてくれていました。
それは、106歳になった、きんさん、ぎんさんの足を計測したら、50‾60歳代の状態にあり、土踏まずも健在であったといいます。
さて、あごを動かすということは、脳に血液を送る、つまり酸素を送り込む「ポンピング運動」をしていることになります。
もっとわかりやすく言いますと、あごを動かすことによって脳に行く血のめぐりがよくなるということです。
しかも、故きんさんはお刺し身が好物だったとのこと。
お刺し身は良く噛んで小さくしてのみ込みやすくしなければ食べられません。
歯のない故きんさんは、お刺し身を食べるたびにあごをよく動かすので、頭はますますさえてきていたのでしょう。
さて、きんさん、ぎんさんも、歯が生えそろっていたときには、なんでも歯で食べ物を噛むことができました。
何が原因で歯がだめになり抜け落ちたり、歯医者さんのところに行って何本の歯を抜かれてしまったりしたのかはわかりませんが、
年を経るうちにだんだんと歯がなくなり現在のような歯なしの状態になってしまったのではないでしょうか。
そうなってしまってから入れ歯も入れないで食べ物を食べるには、歯ぐきだけで噛まなければなりませんから、
きっと、最初は痛くてもがまんして食べざるをえなかったと思います。
しかし、そのうち歯ぐきに変化が起こり、長年の間に何でも噛める鋭いかたい歯肉(ドテ)が作られていったようです。
その後二人は、歯がなくても、ドテを使ってどうにか噛むことができるようになりました。
しかも、生れつき胃腸が丈夫にできているようですので、たとえ口の中での咀嚼が不十分でも、
それらがカバーして消化、吸収してくれていたと思います。だから107歳になっても、ほとんどなんでも食べられるたのです。
ここで、あえて特記するとしたら、歯のないほうの故きんさんは、常備薬として胃腸薬を常用されていましたが、
歯のあるぎんさんのほうは必要としてないということでした。
ところが、106歳の故きんさんは10日頃から食欲がなくなり体調がおかしくなったので1999年7月12日に、
名古屋市内の病院に救急車で入院されてしまいました。胃潰瘍の症状だったそうです。
17日目には退院されました。体調は元にもどったということでした。
本来あるべき歯があって、よく噛んで唾液を出し、そして消化を補助するという口の中で行われる消化機構が
もっと必要ではなかったろうかと、私なりに思ってしまいました。
しかし、退院後の4日後には、もう二人は札幌に現れて行事をこなされていました。
それは、107歳の誕生日を祝う会が、ライオンズクラブの招きで開催されて、
彼女らは植樹祭にも出て、鍬入れの行事までもしたといいます。
さて、私が彼女らの存在を知って最初から心配していたことが、ある日とつぜん起こってしまったことがありました。
これも歯が全くない故きんさんの、最初の入院の経験でした。
100歳のある日のことでした。故きんさんは魚の小骨をのどにひっかけ、そこが化膿して入院、
そして手術することになってしまったのでした。
その第一の原因は、歯がないため小骨を選り分けられなかったと考えられます。
高齢になると、だれでも唾液の分泌量が減少します。それに加えて歯がないと、唾液の分泌はさらに減少します。
唾液が少なくなると、小骨はのどをスムーズに通過してくれなくなります。
つまり、このような境遇で小骨がのどに突き刺さってしまったのでしょう。これが二つ目の原因として考えられます。
食べ物が口に入ると、それはすぐに情報として脳に伝えられ、噛むという動作が始まります。
食べ物は、口の中の粘膜や歯や舌で感知され、ある程度こまかくなると、のどを通って食道へと送られます。
たまたまその情報をうまくつかめず、また唾液の量も減少していると食べ物がうまく食道を通ってくれずに、
とがった小骨が刺さったり、餅がつかえたりすることが起こります。
A型肝炎を治療することができます
噛むということの中には、食べ物を小さく砕くだけではなく、口に入ってきたものを選別するという重要な役目があります。
食べ物の中の石や小骨、ビニール袋のちぎれたものやアメの包装紙などの消化できないものなど、食べてはいけない、
飲み込んではいけないものをどんな小さなものでも選別します。
故きんさんは、歯がないから魚の小骨の区別ができなかったばかりでなく、高齢だったために唾液の量が足りなくて、
あのような結果になってしまわれたのだと思います。
ぎんさんも107歳を越えてもなお元気だったのですが、食べることには非常に不自由していらっしゃったのかもしれません。
ぎんさんは、『クオーク』(講談社)という雑誌(1992年6月号)の取材に答えて次のように話しておられました。
「私の父親に、塩でみがくと、よう(よく)なると言われて毎日磨いとりました。
きんさんもやっとったけど、あの人はのう(歯はなく)なったわね。
下の歯は80歳くらいでゆるんできたで、歯医者さんにいったわけ。
そうしたら『入れるがいい』とすすめなさるもんだで、入れたんでやんすが、
歯医者さんには申しわけにゃあけど(入れ)歯を入れるとちゃんとした歯に引っかけるだわね。
それがためにゆるんで、それでいいほうの歯も抜けてしまったなも。
これではいかん、上の歯は残したゃあと思って、それからは歯医者さんには行きゃなかったわ。
私としては塩でみがいたのがよかったと思っとります」と。
歯がなくても、お二人は食生活を楽しんでおられたど、
歯があったほうが、ずっとずっといろんな食べ物が食べられて楽しい健康な生活ができます。
年をとったらだれでも、楽しくおいしく食べることがいちばんで、そのことがなによりの生きがいにもなります。
子供のころから、「口の健康」に気を配り、いつまでも、食べたいものが食べられるように、
健康な歯を1本でも多く残したいものです。
B 日米の100歳の双子姉妹
歯が有る無しで違う2組の人生
1992年の夏、テレビ朝日の『ザ・ニュースキャスター』という番組で、"アメリカのきんさんぎんさん"の訪問記が放映されました。
まず、イリノイ州シカゴに住んでいるミリーとアディという100歳の双子姉妹が、
きんさん、ぎんさんの写っているビデオを見せられたあと、感想を述べました。
「口をあけて笑っても、歯が見えないねえ」と、ミリーさんとアディさんの二人は首をかしげて不思議そうにつぶやきました。
今度は、アメリカの姉妹のビデオを見せられた名古屋のきんさん、ぎんさんは、
「よう食べて、よう肥とりなさる」と、感心してつぶやきました。
未亡人のミリーとアディおばあちゃんには孫が31人もいます。
しかし、二人だけで一戸建ての家に住み、料理、掃除、洗濯も自分たちでしているといいます。
日本のテレビ局から取材のあったその日も、チキンステーキとざっくり切った野菜サラダという、
ごく普通のアメリカの家庭料理をなんの苦もなく噛んでんで食べていました。
もちろんミリーさんとアディさんには、ちゃんと自分の歯がそろっていたからでした。
ニ人はダンスが趣味で、いちばんの楽しみは踊ることだそうです。
そのためでしょうか、この日も明るい色柄のドレスを優雅に着こなし、ゆっくりではありましたが、
広い家の中をテレビの取材陣を案内して歩き回っていました。その足取りは、とても100歳とは思えない確かなものでした。
「取材の条件として、キスを要求されましたので」と、若いリポーターが番組の終わりに
チュッ、チュッと二人にキスをしてくれたので、ミデイさんもアデイさんも万面笑みをたたえ、とても幸せそうでした。
その訪問記を見た、元イリノイ大学教授で、現在は福岡女学院大学に勤務している
ムルハーン・千栄子教授は『あなたとサンスター』(1993年11月号)に、次のような感想を寄せています。
「日本のきんさん、ぎんさんはあれほど時代の売れっ子になって、たびたび取材され、それなりに収入があるはずなのに、
どうしてだれもりっぱな入れ歯を作ってあげないのかしら?
30年近く住んでいたアメリカでは、歯のない人など一度も見かけた覚えはありません。
アメリカ人は、かねてから歯を大事にして、口腔ケアには手間も費用も惜しみません。
ほとんどの人がかかりつけの歯科医を持ち、年2回の定期検診と予防処置や
クリーニングを受けるための歯科医院訪問を欠かしませんよ」と。
それの証明になるような話は、次のクリントン一家の例です。
クリントン元大統領にはむし歯は1本もなく驚くほどの健康な口の中であると、
かかりつけのハーレイ歯科医師は、アメリカ歯科医師会の会誌で語っていました。
そしてさらに、クリントン元大統領一家は、大変多忙でありながらも6カ月ごとの定期歯科検診に対して、
きわめて積極的に応じているとつけ加えていました。
このリポートからもわかるように、日本人とアメリカ人の「口の健康」に対しての大きな違いがあるようです。
C お粗末すぎる?100歳以上の
日本人3,070人の口の中
平成11年(1999)の敬老の日を前に、全国の高齢者名簿(長寿番付)が発表されました。
その発表によると、9月末までに、1世紀を生きぬいてきた100歳以上の高齢者は全国で、
昨年の初めて1万人を突破した10,158人に、さらに1,188人上回り11,346人になつたといいます。
最高齢者は、9月16日に誕生日を迎えて112歳となる鹿児島市の女性の高齢者でした。
次から、高齢者10番までは108歳までで、故きんさん、ぎんさんは106歳だったので、まだ長者番付10傑には入りませんでした。
さて、健康・体力作り事業財団は、平成5年の3月1日〜5月31日までの間に生存している
100歳以上、日本の長寿者の、口の中の調査結果(長寿者保健福祉調査)を出しました。
(参考として、平成6年の敬老の日では、100歳は5593人)。
これは、厚生省の高齢者名簿に記載されている全国の100歳以上の高齢者3,070人を対象に、
生活歴と現在の健康状況などを調査したものでした。
その中で、口の中の健康状態を調べたところ、総入れ歯(総義歯)が1811人で、59%もありました。
ぎんさんのように、現在も歯のある人は13%で、
そのうち、10本以上ある人は14%もいたということです。
参考までに述べますが、日本人の80歳では、20本の歯が残っている人は9.9%しかなく、
一人あたり6.2本(1999年の厚生省,歯科疾患実態調査)しか残っていません。
これに対して、驚いたことにアメリカでは、65歳以上の高齢者であっても17.2本が残り、80歳で平均15.1本(1985年)も残っていました。スウェーデンでは、15.7本(1993年)も残っていました。
さらにスウェーデンでは、近い将来、80歳で25本の歯を残せる可能性まで考えられているといいます。
日本および米国の年齢階級別1人平均現在歯数
(単位:本)
年齢 階級 | 日 本 | アメリカ | スウェーデン | |||
1981年 | 1987年 | 1993年 | 1999年 | 1985年 | 1993年 | |
60‾69歳 | 10.3 | 11.5 | 12.4 | 16.8 | 18.1 | 21.7 |
70‾74歳 | 7.5 | 7.8 | 10.4 | 12.9 | 17.7 | |
75‾79歳 | 5.1 | 5.5 | 7.6 | 9.0 | 16.8 | 18.1 |
80歳‾ | 3.6 | 4.0 | 4.5 | 6.2 | 15.1 | 15.7 |
厚生省、歯科疾患実態調査とOral Health of US. Adults, NIDR 1985
106歳の時のきんさん、ぎんさんの歯は、もちろんこの調査の対象になっていたと思われますが、
きんさんはすべての歯を失っていて、総義歯も入れていない部類に入ります。
5本残っているぎんさんは、残っている歯が少ないほうに入ります。
それでも、だれよりも長生きで元気であったということは、むしろ例外だといってよいでしょう。
いずれにしても、100歳以上の3,070人のデータから見ると、自分の歯が多く残っている人や総入れ歯の人も入れて、
しっかりと噛めている人は長生きしているということがわかります。
ここに、広島県の尾道地区歯科衛生連絡協議会が、平成5年7月、
80歳の市民617人のうち147人について歯の健康状態を調べた結果があります。
それによると、残っている歯が9本以下で、入れ歯のない人に、
寝たきりまたは日常生活に介護のいる人が多かったのがわかりました。
残っている歯が9本以下でも入れ歯を使っていたら、寝たきりあるいは介護のいる人は
ずっと少なくなっていました。また、自分の歯を20本以上残している人の中には、
寝たきりの人はほとんどいなかったということです。
何がカンジダの耐性株をクリアすることができます
残っている歯と仕事の関係は、噛める歯を多く持っている人(あるいは入れ歯を入れてしっかりと噛める人)は、高齢でも何らかの役割を持っていて、
また仕事もしているという結果も出ました。
つまり噛める自分の歯が10本から19本残っている人が79.2%、20本以上の人は89.5%も仕事をしていたといいます。
平成11年9月26日の、産経新聞のよろん欄「談話室」に、滋賀県大津市の谷津日出男と名乗られる
68歳の元公務員の男性が、「百歳の長寿の秘訣は噛むこと」という題で投稿されていました。、
百歳のお祝いに訪問された市長さんは、「長寿の秘訣は何だったのでしょうか?」質問されました。
そのうちの1人はすぐに、次のような言葉を返しました。
それは、「人の2、3倍よく噛んで食べています」という返事だったのでした。
そこで、投書した谷津さんは、「普通の人が噛むことは大体7,8回である。せめて30回は噛むことが必要であり、
よく噛むということは、人体にとって他にもいろんな効果が期待できる」と、その効用を説いていました。
D 8020運動「80歳で20本の歯を残す運動」
それは、ゼロ歳児から8020運動が必要である
厚生省の平成10年度の調査によると、日本人の平均寿命は、女性が84.01歳、男性が77.16歳となっていて、
男女ともに世界一の長寿を維持しているといいます。
高齢とは、国連で65歳と位置づけられているのですが、総人口の14%が65歳以上というのが「高齢化社会」と言われていました。
わが国では、もうそれ以上を越してさらに増え続けていますので、現在は「化」を除いて「高齢社会」と言っています。
来る西暦2007年には高齢者が20.1%になるといいます。
しかし、平均寿命を国際観から見てみれば、ほんの微妙な差でスウェーデンが2位に続いています。
スウェーデンは、80歳で25本の歯を残せる可能性まであるということは、
平均寿命は日本を早急に追い越してしまうのではないでしょうか。
アメリカ人の平均寿命は、世界の女性の順位から見ると、現在は5位に属していますが、
アメリカの医学の分野で1982年から実施されている調査によると,寿命は延びてきているだけではなく,
毎年、高齢人口に典型的な各種の慢性疾患に罹患して体が不自由となる率が1〜2%減少をしているそうです。
ということは、高齢人口が、以前より、「さらに健康になっている」ということを現しているといいます。
全米あげての禁煙運動も成功して、肺がんその他のタバコに起因しての死亡者も目立って減少しています。
80歳で残っている歯の数を数えてみても日本は6.2本,アメリカは15.2本で、8015に達しています。
このようであれば、アメリカもきっと近い将来には、平均寿命が日本を追い越すと私は信じています。
世界保健機関(WHO)は、1998年10月1日に、2020年における各国60歳以上の人口の比率は、
日本とイタリアが31%と予測でき、世界第一の「老人大国」になるのではと発表しました。
3位はギリシャ、スイス、フィンランドで、それらは28%になっています。
ちなみに、現在の60歳以上の人口は、ギリシャが23%と第一位で、日本、ドイツ、スウェーデンは22%であり、
3位ということです。それに加えて、2020年までに世界全体の人口では、60歳以上は10億人を超えて、
現在の倍近くになるのではと述べています。
しかし、WHOの2020年予測発表の中では、老人大国10位までの国は、ほとんどがヨーロッパ諸国、
すなわち、フィンランド、スペイン、オランダ、フランス、ドイツ、ベルギーであり、
アメリカは、なんと31位に落ち込んでいるとのことですが、WHOが発表したアメリカの結果は、私もショックでした。
前にも述べましたが、アメリカは日本とくらべれば驚くほど歯は残されています。
そのため私自身で、歯の数と将来の平均寿命の伸びを計算して、きっと日本を追い越すのではないかと予測したからでした。
しかし、WHOの2020年予測発表は、アメリカ人一人当たりの残存歯のことは考えずに、
日常の食事や栄養摂取などの生活習慣のデータから割り出したのでしょう。
日本人の平均寿命は世界一でも、歯の寿命は、まだ50歳程度というのが現状で、80歳で5〜6本しか残っていません。
そして、今後ますます高齢化が進むにつれて、命の寿命と歯の寿命とのギャップが大きな問題になってくると考えられます。
活力ある長寿社会を迎えていくためにも、歯の寿命を延ばしていくことが今後の重要な課題となります。
歯が20本以上ある人の割合の推移(8020の割合)
65‾69歳 | 70‾74歳 | 75‾79歳 | 80歳‾ | |
昭和50年 | 19.6% | 15.0% | 6.6% | 5.8% |
昭和56年 | 24.4% | 17.8% | 8.1% | 5.0% |
昭和62年 | 26.8% | 15.2% | 9.4% | 7.0% |
平成5年 | 31.4% | 25.5% | 10.0% | 8.9% |
平成11年 | 48.8% | 31.9% | 17.5% | 9.9% |
厚生省「歯科疾患実態調査」
さて、人生80年時代を迎えて、健康で快適な生活を営むためには、なんといっても充実した食生活は欠かせません。
ところが肝心の、歯の健康のほうが長寿になかなかついていけないのがわが国の現状です。
栄養の面から考えても、健康を維持していくためには、歯は最低20本必要です。
自分の歯が20本残っていれば、ほとんどの食べ物をおいしく食べることができ、生きる楽しみも増えてきます。またさらに、自然に食べられる食べ物の幅も広がってきます。
そのために現在、80歳で20本の歯を残そうという「8020運動」という運動が展開されています。これには、行政と口腔衛生に関する専門家や、歯科医師会関係者や開業歯科医師が一丸となって、国民運動の一環として進めていくように呼びかけています。今後、歯を残すことの重要性がますますクローズアップされ、国民の間に広まっていくものと期待されます。
一口に「80歳で20本の歯を残す」といっても、80歳になってから残そうと努力しても間に合うものではありません。
また、この運動を中高年になってから唱えても遅すぎるのです。
赤ちゃんの歯は、妊娠7週目にすでに母胎の中ででき始めるので、この運動はできるだけ早い年齢、つまり胎児期から始められなくてはなりません。
それには、個人に対してだけでなく、社会全体の教育や対策が早期から展開されなければなりません。
それによって人々は歯の重要性を認識し、歯を大切にするようになります。そして失う歯が少なくなり、
多くの健全な歯を生涯保つようになるでしょう。
そうなるためには、50歳代で約23本、60歳代で約16本、70歳代で約9本、80歳で5〜6本しか残らないという日本の現状を、
私たちはもっともっと認識しなければなりません。
この「8020運動」は、人間の一生涯を見通した歯科のポイントポイントの予防対策と、
国際的なフッ素を応用した公衆衛生的なむし歯予防対策、歯科衛生教育を十分に行うことであるといえます。
これらの中で、必要性と効果の順位を指摘するとしたら、フッ素の応用がなんと言ってもナンバーワンとなります。
一方で、不幸にもむし歯や歯周病にかかっている人々には、緻密な治療を行い、二次的な感染を予防するという対策も必要です。
現在、この運動を高齢者だけに呼びかけているような感じがしますが、
「8020運動」は、0歳児から高齢者まで、
全国民を対象にした運動として広めるべきだと考えられます。
E 病気を治すってホント?
良い歯・良い義歯(入れ歯)
寝たきりのお年寄りが義歯の修理で噛む力をとり戻したところ、健康が目立って回復し、
床ずれも治ってしまったと、元大阪大学医学部の新庄文明講師(現在は、長崎大学歯学部予防歯科教授)は発表しました。
今では、床ずれのほとんどは栄養を摂取して体力をつけさえすれば治っていくということが一般に知られています。
しかし、お年寄りが寝たきりになると、昔作ったままの入れ歯をはめたきりで歯科医院を訪ねることもできにくくなり、
その機会も極端に少なくなるか、または全くなくなるのが普通です。
しかも口の中は、自然に起こる老人性の粘膜や筋肉の萎縮のために、
入れ歯が乗っかるドテが変化したり、入れ歯のかたい縁が粘膜にくいこんで、義歯による縟瘡性潰瘍(床ずれ)で激しい痛みが出たり、あるいは、入れ歯が割れたり壊れたりして噛むことが難しくなります。
その結果、噛む力も当然衰えてきます。唾液の量も少なくなり口の中では食べ物をこなすことにも不自由になります。
それらが原因で食べられる食べ物の範囲が狭まり、そのためにバランスのとれた栄養が容易に摂取できなくなり、ほとんどの人が栄養失調に陥っていくのです。
新庄講師によると、訪問治療で義歯を修理して噛めるようにし、
栄養についても同時に指導した結果、お年寄りは固形物を食べられるようになり、
体力も回復、3か月後には床ずれも治ったといいます。
その後も,入れ歯を修理したり治療して噛める歯になったおかげで、全身の元気がもどったり,食欲をとり戻したり,
寝たきりの人が歩けるようになったというような報告が日本全国各地から続出しています。
一般に噛む力が衰えると、炭水化物中心のやわらかい食事になり、噛めないから食物が口の中に留まる時間も少なくなります。
そのため、味覚の範囲を広げようとするあまり調味料を多く使いすぎ、つい濃い味つけをすることになってしまいます。
それは、二次的に動脈硬化や高血圧を引き起こしやすい状況になります。
さらにそれが全身の栄養バランスを欠く要因ともなり、いろいろな思わぬ病気が誘発するのです。
そういうことにならないためにも、ぜひとも歯科の定期検診や栄養指導が必要です。
また,寝たきりの人は、訪問治療がかなえられるように近くの歯科医師会に問い合わせをしてみてください。
ほとんどの歯科医師会でそれの準備が整っております。
最近、私の診療所に、パーキンソン氏症候群の75歳のお年寄りが、息子さんとお嫁さんに助けられながらやってきました。
3人の希望は、「なんとか噛めるようにしてもらいたい」ということでした。
このお年寄りはパーキンソン病にかかってから、ほとんど歯の手入れをしなかったとみえて、口の中はむし歯だらけでした。歯の頭が残っているのは4本だけで、あとの24本はすでに頭がとけてなくなり、全て根っこばかりの最悪の状態でした。このお年寄りはよく噛むことができないので食事ができず、全身はやせ細って,歩くこともやっとという状態でした。
歯の治療中にはやはり緊張され、パーキンソン症状も加わってか、全身と頭の揺れがひどくなり、治療は困難でした。まず、残っている歯の根の上から、上下の仮の入れ歯(仮義歯)を作ってあげることにしました。
入れ歯ができて装着して後に、根っこの残せない歯を少しずつ抜き、残せる4本の歯の治療をすることにしました。
同時に、付き添いの息子さんとお嫁さんに歯のみがき方を訓練して、家庭では毎日、
残っている歯のそうじをしてあげるよう強く指示をしました。
仮の入れ歯が入ると、とたんに食物が噛めるようになって食事がおいしくなったそうで、
治療に来られるたびに血色はよくなり、足取りも軽くなってきました。
付き添のお嫁さんは、「ご飯をどんどんいただくようになりましたので、最近太ってきたんですよ」と言って
喜んで経過を話してくれました。
何回かの治療も重ねて、口の中は全く見違えるようになり、とても75歳とは思えないほどに若返られました。
さて、噛む能力、(咀嚼能力)の調査でここに興味あるデータがあります。
それは、東京都老人医療センターと同老人総合研究所のグループが、東京都の小金井市に住む
65歳から84歳までの高齢者405人を対象に調査したものです。
「噛める人」と「噛めない人」の骨の丈夫さと、平行能力、握力、体重などの精密な測定をした結果、噛める人と、噛めない人では、明らかに骨の密度(丈夫さやもろさ)や体の機能度に大きな差が出たといいます。
この結果からわかるように、口は健康の入り口であり、噛める、噛めないは、全身の健康を確実に左右するということがわかります。
同じく、東京老人総合研究所の熊谷修研究員は、70歳以上の高齢者の食生活調べた結果、「動物性たんぱく質を多く食べる人ほど長生きする」と肉食が長寿に効果があったという15年間の研究結果を最近発表しています。
そして、さらに食事指導の中で「70歳を超えたら低栄養を補うために良質の動物性たんぱく質が豊富な肉を食べた方がいい」話しています。このことは、高齢者は食物摂取量が全般的に少なくなるために部分的栄養不良の状態になりやすい
ということですので、この考え方には私も賛成です。
しかし、これらのことを即実行しようとしても、歯や咀嚼系が健全でなければ容易に食べることができません。
特に、動物の肉類は、普通でも歯で何回も噛みこなさねばなりません。噛むことの少ない高齢者でも良く食べられるようにするには、良く調理しなければ、容易に食べることはできないのです。ですから、歯を中心とした咀嚼系も十分に健全に保たれた状態、そして施設などでの十分な調理の支援があってこそ以上のことは可能なのです。しかし、現在の日本の現状を考えると、肉食を奨励しても、一般に高齢者は歯が悪い、核家族の1人住まいが多くなった状況の中で、70歳以上の全ての高齢者に、動物性の肉食を奨励して、いちがいに長生きを得させようということは少し考えものだと思います。
動物性の肉食で長生きしている良い例が、故きんさんぎんさんです。歯のない故きんさんと、上あごに5本しか歯が残っていないぎんさんのように、魚類の食事が多い超高齢者も
長生きはできているこれらのことを物語ってくれています。
穀類食、魚類食は、昔からの日本人に合致した常用食で、現代でも大いに通用します。
それらがあったからこそ、またそれらの時代に生きてきた人たちが現代の世界一の長寿国を獲得できたのです。
このことは後述します。しかも、穀類食、魚類食は案外と、現代のように歯の数が少なくなっていても
日本人に合っている本来の食生活かもしれません。
セブンス・アドベンチィスト(SDA)の菜食主義者でも、動物性のたんぱく質の肉類は全くとりませんが、
植物性の蛋白質は大いに利用して、しかも豊富に摂取しています。大豆や他の植物性のプロテイン(彼らは畑の肉と呼んでいる)
を上手に調理して、彼らは動物肉そっくりに味わうことができます。
後述しますが、SDAは、気の遠くなるぐらい長年の疫学統計を持っています。それらの研究では、
ガンの罹患率も極端に抑えられ、しかも長寿であることを実証しています。
要するに、わが国のように欧米食の肉食と油脂系の摂取に偏ってきている(異常摂取状態にある)現代の若者には、
長寿のための肉食は将来も推奨できませんが、長年を生きてきた人が70歳以上になったら、
体に栄養と活力を蓄えるためにも、動物性のたんぱく質も大いに考えたいろいろな種類の食物を
まんべんなくとることも必要だと思います。そのためには、良く噛める歯と咀嚼機能で対応できるようにすることが、
なによりの長生きの秘訣だと私は思っています。
F 100歳の楽しみのアンケート
第一位は『食べること』
昭和59年に読売新聞が、「おとしよりの楽しみは?」という質問で100歳の人たちに聞いてみました。
それには次のような返事がかえってきました。
第一位は食べること。第二位は家族との語らい、第三位は眠ること。第四位は友人との語らい(談話すること)でした。
最近また、神戸共同歯科の黒田耕平歯科医師らが調べた、「寝たきりの方へのアンケート調査」では、
第一位はテレビを見ること。第二位には食べること、第三位は談話をすることでした。
いずれにしても、おとしよりは「食べること」がいちばんの楽しみのようです。
さて、歯が悪かったり、歯を失っていたり、入れ歯が合わずになんでも噛めなかったら大変なことです。そうであれば、食べることも、談話することも容易ではありません。なんの楽しみも見出しませんし,生きがいもしだいに失われていってしまいます。
人は元気だったら、あたりたりまえのように顎を動かし,舌や頬を動かし、歯で噛んで、嚥下(飲み込むこと)して食事を楽しみます。しかし、それは寝たきりのお年寄りや障害者にとって、
決してあたり前の行為ではありません。
寝たきりのお年寄りは、いろいろと活動することの機能が低下したり、障害者の多くは脳にダメージを受けたりしているために、本来の果たすべき機能が十分に発揮できません。
これらのことが十分に理解されないまま、食事の介助を行うと、彼らには食事をとることがとても苦痛になってしまいます。
このことは以下の体験でよくわかります。
さて、ここで皆さんも寝たきりの病人になったつもりで、次のことを体験してみましょう。
体験1:寝転んだ状態で食べ物を食べてみましょう。あるいは、飲み物を飲み込んでみましょう。
じょうずに食べて飲み込めましたか?
いいえ、食べ物はのどを容易に通っていきません。自分でもそうですから、寝たままの老人が、
この姿勢で食べさせられることはとても苦しいことがよくわかります。
普通、食事するときには椅子に座ります。そうすると脊柱が伸びてその真上に頭がきます。
このような位置関係で、はじめて咀嚼運動は可能になり嚥下もスムーズにできます。
この姿勢は、ニュートンの引力の法則にも十分にかなっています。
多くの介助者は、寝たきりの老人や障害者に食べさせたいという一心で、口の中に多くの食べ物を入れ込もうとします。
さて、私たち自身が、口にいっぱい食べ物をほおばったとき、口が動かせなくなることを経験はしたことはありませんか。
それと同じことです。ゆで卵の黄身をそのまま口の中に入れ、食べてみてください。
口は、しばらく動かせなくなってしまいます。
唾液の分泌までもがおとろえた老人や、口を容易に動かせない老人、そして障害者にとってはなおさらのことです。
寝たままの姿勢で食べ物を無理やりにつめこまれた状態では、食べる運動が誘発されず、ただ苦しい思いをさせるだけです。
このことが十分理解されないと、本来の楽しみである「食べること」は、寝たきりの人にとって苦痛になります。
体験2:スプーンでヨーグルトを口運び飲み込むとき、口を閉じないで飲み
込んでみましょう。
この状態では飲み込むことはできません。飲む動きはとたんに止まってしまいます。
ものを飲み込むときには、くちびる(口唇)をしっかり閉め、口を閉じた状態で口の中を陰圧にしないと
飲み込めないことがよくわかります。
口を開けながら無理に飲み込もうとすると、水分が気管のほうに流れ込みやすくなります。
というのは、食べ物を口の中に入れ込むとき、また口で呼吸しているときには、口唇は開き、喉の奥の咽頭部も開いています。
ですからそのような状態では、食べ物が気管のほうに流れ込んだり、
呼気とともに入ったりムセたりするので注意しなければなりません。
万一、そのまま気管に食物や口の中に多くいる細菌が(口の中の清掃をしていない状態では、さらに多くの細菌が大繁殖している)
入ってしまうと、肺炎を起こさないとも限りません。
この肺炎は近年流行していて、寝たきり老人の死亡率を上げています(口腔内細菌と肺炎は後述)。
このことを知らない介助者、次から次へ食べ物を口につめこみます。
それでも無理して飲み込むためには、つめこまれた本人は、舌を上下前歯の間に入れ、陰圧にしてゴクンと飲みます。
これはとてもつらいことです。またこのとき、舌が前歯を押す力となり、いつもの習慣では
開咬(上下の前歯が外に飛び出して開いてくる)や上顎前突(出っ歯)となります。
多くの障害児の口元を思い浮かべてください。口唇が開いて前歯が出ている児童があまりにも多いことに気づくでしょう。
歯が出ているので、ますます口唇が閉じにくくなり悪循環となっていきます。
食べ物を食べても。口からごはん粒がこぼれ出す子、よだれを出している子、
すべて口が閉じずに陰圧を作ることがむずかしい状態が長く続いたからだということがわかります。
体験3:ヨーグルトの入ったスブーンを、舌の先に置き、嚥下してみましょう。
これは簡単に飲み込むことができます。
次に、舌の奥のほうヘヨーグルトを置いてみましょう。
今度は飲み込みにくいことがわかります。
それでも無理して飲み込むためには、舌の先にヨーグルトを一度移動させ、そして飲み込みます。
あるいは舌を傾けて、ちょうどすべり台のように、食べ物を咽頭部のほうに落とし込んで飲む(乳幼児性嚥下、逆嚥下)
ことで飲み込むことができます。これもとてもつらい飲み方です。
介助者は、たくさん食べて欲しいがために、そのほうが彼らにとって楽だと思いこみ、食物を奥のほうへ入れる人が多いようですが、これも大きな間違いであることを、
この体験から気づかれたことと思います。
特に脳性の障害者の多くは、自分の手足が思うように動かせません。
しかし、自分の口くらいは思い通りに動かせればと思っています。
また、人の発達は,中枢から末梢へと進むことから考えると、
手や足の訓練やリハビリの前に、食べることの訓練・リハビリを行うことは
神経発達上大きな意味を持っています。
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