(むし歯も歯周病にもならないで、頭も良くなる方法を教えます)
秘伝「かむ健康術」(ひでんかむけんこうじゅつ)
著者 市 来 英 雄
はじめに
食物のおいしさをよく噛んで味わい、くつろいだ楽しい雰囲気で食事をする、そして、食べたものが栄養として身について、
生涯を、ボケないで若々しく健やかにおくれるということはだれもが望むことです。
しかし、これらを希望することは今日、かなりむずかしくなってきています。
というのは、現代、ほとんどの人の生活習慣、つまり日常のライフスタイルが変わったからです。
高齢者の環境は、超高齢化の時代、核家族社会の中での孤立生活、フードチェーン化での食生活、欧米食生活化の傾向、
徒歩から車社会への移行、管理医療や薬漬け、情報社会の中での精神生活のアンバランスなどです。
また、子供に例をとってみれば、生活の夜型化、孤食、朝食抜き、運動不足、学歴偏重によるつめこみ学習、
成人病の若年化、欧米型食生活、都市生活化での地域とのかかわりや自然との接触の希薄化、
精神生活のアンバランスなどなど、現代社会の生活では数えきれないほどの大きな問題が指摘できます。
平成8年12月に、厚生省公衆衛生審議会は、
「生活習慣に着目した疾病対策の基本的方向について」という表題を掲げ、その中で、
新しい病気の用語を使って新予防法を打ちだしました。この新しい病気の用語とは、「生活習慣病」というものでした。
これまで使っていた「成人病」を、今後は、「生活習慣病」と呼ぶようにしました。
これまでの成人病とは,その原因の中で"老化"を重視していて、予防対策としては"早期発見・早期治療"
すなわち、二次予防というものが目標とされていたからでした。
しかし、現代は、小児も成人病といわれる病気に罹患するようになってきました。
そこで、これらを成人病と呼ぶのはふさわしくなくなったこと、成人、高齢者を含めて病気が発生してからは手遅れで、
そのための療養にも莫大な費用と負担がかかることなどで、「生活習慣病」と命名して予防の目標とその方向を変えました。
さて、わが国の1年間の死亡数は約90万人のうち、がん、心臓病、脳卒中、糖尿病、高血圧症を合わせると2.9%です。
そのうちの生活習慣と関連する病気は、死亡原因の2/3を占めています。
病気が発生してからの早期発見早期治療というものは、国際的にみて、もう時代遅れで、
それ以前の生活習慣の中で、だれも、いつでも手っ取り早く自分自身で実行できる予防、
つまり、第一次予防「自分の健康は。まず自分で守る」ということを重視したからでした。
日本は、戦争を中心にしての困窮時代には、乳幼児死亡率が激増したり、青年期の結核、
そして伝染病、栄養失調症,寄生虫病、皮膚病などが蔓延したりして多くの国民が罹患し死亡者も増えました。
しかし、時代の流れと共にそれらが去り、物質社会、贅沢社会の到来と共に、今度は、
脳卒中、ガン、高血圧症、糖尿病、心臓病(心筋梗塞や狭心症)などの死亡が上位を占めるようになってきました。
予防医学が進歩していくにつれて、また、医療先進国の情報が身近になるにつれて、これらの病気を作っていくのは、
「生活の中にある習慣のあり方」であり、これに注目することがなによりも大事だということが分かってきました。
それは、ガン死亡では35%が食生活、30%が喫煙、3%の飲酒がその発端であり、
この生活の習慣を軌道修正することでガン発生率を大いに低めることができるということで説明できます。
また、高塩分や高糖度の食習慣、低脂肪食,動物性たんぱく質食,重労働、飲酒習慣が、
ノイローゼや高血圧さらには脳卒中の起源に関連しています。
さらに欧米型肉食習慣や高脂肪食習慣が、糖尿病や肥満、高血圧症などに関連して発生していることなども
生活習慣の乱れから起こっていますからこれらを十分に修正することが予防の基本となります。
これらの生活習慣の乱れから起こる病気の患者さんの数は、高血圧症は約749万人、糖尿病が約690万人、心臓病が203万人で、
これらに使われる医療費は、がんが1兆9千億円、脳血管の病気が1兆8千6百億円です。
全部を換算したら約7兆3千億円となります。これを考えれば、生活習慣病だけで32%を浪費していることになるのです。
そこで、先にも述べましたが、生活習慣病の予防は、従来の早期発見,早期治療に移行するという考え方から、
その病因の中で生活習慣を重要視して、病気になる前の、つまりその誘引の芽を自分自身で摘んでしまおうということなのです。
言いかえれば、健康体は自分自身で作り、そして守っていくことがなによりの基本となるのです。
現在、日本は世界一の長寿国を授かっていますが、これを長続きさせていくには、
生活習慣病というものを国民一人一人が認識、重要視して実行に移さなければなりません。
特に、生活習慣では悪い方向へ向かっているといわれている現代の小児や青少年は、
やがて年をとる頃には平均寿命も著しくて低下し、
世界の長寿国の地位は著しく後退するのは避けられなくなると言われているからです。
生活習慣で、最も重要視されるべきものには食習慣があります。
周知のとおり、食習慣の良し悪しいかんでは病気の発生率も大いに違ってきます。
その食習慣を、健康という軌道上に乗せることが何よりもまず大事なことです。
そこには、まず「口(くち)」が登場します。口は、健康の入り口です。
しかし、わが国では、健康の入り口,そして消化器官の始まりともいえる肝心の口の中が、現在とてもみじめな状態にあります。
口(口腔=こうくう)は、人間が生きていくために必要な栄養素をとり入れる最初の入り口です。
昔から、『口は健康の入り口』と言われるように、口は健康を生み出す源です。
それは命全体、健康な体そのものを育て、そして守っています。口(口腔)の健康なくして全身の健康は望めません。
消化器官の第一関門に立っているのは口であり、歯はその衛兵で臓器の守り役と言えるのです。
そのためにいちばん働かなくてはならない歯が、いま年齢を重ねるごとに驚くほど失われています。
わが国は、諸外国にくらべると、幼児から高齢者までむし歯や歯周病にかかっている割合が高く、
よく噛める機能が大幅にそこなわれています。
しかも、比較的かたいものでも、よく噛んで食べて味わってきた日本特有の食文化は、
いまや冷凍・加工食品やファーストフードに象徴されるように軟食化の傾向にあります。
そしてますます欧米化をたどり、粉食や半調理品を中心とした、噛まなくてもよいような食事体系になってきています。
また、本来の「食物」と呼ばれたものは、ほとんどか製品化された「食品」になってしまいました。
食品というものは、化学物質などを加えたり機械の手などを借りたりして、さまざまな工程などを経て商品になったものを指します。
ですから現在の私たちの周囲は、もう食物ではない食品と呼ばれてしまっているものが蔓延しているのです。
その中で私たちはいま生きなくてはなりません。
でも、日本人の平均寿命はいまや世界一となり、80歳を越えるまでになりました。
しかし残念なことに、歯の寿命は50歳程度しかありません。
また、80歳で自分の歯はたった6.2本の歯しか残っていないというのが日本の実情です。
(厚生省健康政策局歯科保健課編「平成11年歯科疾患実態調査より」)。
ちなみに、アメリカでは、80歳の人は約15本以上も残っています。
これはなぜなのでしょうか?この本を読み進んでいくことでこのことは理解できます。
しかしながら、私たちは、ずっと以前から口腔の病気におかされないように、
歯みがきをする、甘いものを制限するというように、熱心にその予防方法を実行してきました。
確かにそのこと自体も非常にだいじなことですが、はたしてこれだけで歯は救うことができたのでしょうか?
いいえ救えませんでした。
もつとだいじなことは、文明が進んだ世の中で国際間で応用・実施されている科学的なむし歯予防の方法を即実行すること、
そして、体のためになるさまざまな栄養素をバランスよく摂取すること、そのためにはよい歯を使ってよく噛むことだったのです。
私たちは、長い人生の道のりを健康で乗り越えるために、また、毎日を元気に活動していくために、体や心の栄養も必要です。
そのためにはどうしても、私たちが生涯お世話になる「食」というものを根本から見直してみる必要があります。
特に、高齢者の方々の、何よりの楽しみは、「何でもおいしく食べられる」ことです。しかし年をとると、
体力はもちろん、歯や消化器官の機能の減退もまぬがれることはできません。
歯を早い時期に失うと、そのハンデイはますます増加します。
一方、現代の子供たちはどうでしょうか。
確かに、一見欧米の子供なみに背が伸びて脚もスラリと長くなってきました。
しかし、ヒョロヒョロした体つきの子供、すぐに姿勢を崩してしまう子供、朝礼ですぐに倒れてしまったり、
ちょっとしたことで骨折を起こしてしまったりする根気のない疲れやすい子供も目立つようになりました。
しかも、現代の子供たちの生活はあまりにも忙しく、塾やおけいこごとなどのスケジュールに追われています。
そのため食生活は、本来の食事ではなくて「餌(えさ)化」しているきらいがあります。
さらに、保健婦さん保母さん、学校関係者の間から、噛めない子、噛まない子、なかなかじょうずに食べ物を飲みこめない子、
食べ方のへたな子が増えているという訴えが出され続け、もうすでに10数年が経過しています。
はたしてこの問題は解決したのでしょうか。おそらく、今後ますますひどくなっていくのではないでしょうか。
ようやく最近「噛む」ことの大切さが言われ始め、歯科医師による啓発活動や
マスコミなどによる情報提供も盛り上がりをみせてきたようです。
そのため必要な知識がいろいろな場所で得られるようになりました。
よく噛むことは、体だけでなく精神の糧(かて)にもなり、知力の発達を促すということも知られるようになってきました。
この噛むことが精神の糧になり、知力を増すということを、特に私なりに検索してまとめたのがこのコーナーです。
私はこの項の中で、噛むことを、単に咀嚼のための機能という狭い枠組の中でとらえるだけでなく、
生命活動や、知力、運動機能などを向上させる重要なものであるということを主眼にして訴えてみようと思います。
私は栄養の専門家でも、大学に残って研究を続けている研究者でもありません。一介の開業歯科医師です。
栄養の専門家でない開業歯科医師が、なぜ栄養を書いたかという疑問が出るかと思います。
それは「あとがき」でご理解いただけるものと思いますが、私は以前、全く食べることについて知識がありませんでした。
そのため学生時代には栄養失調による重病をしてしまいました。そのときはじめて栄養というものが
いかに大事であるかということを知ったのでした。
そして、歯科医師として診療を続けるかたわら噛むことの大事さに気づくとともに、栄養との関係をも知りました。
そして資料を集めたり、必要なことを書きためたりしてきました。
それがいま大いに役立ち、自分の症例や体験を加えたこのコーナーになったのです。
また、ひとことだけを狭く深く追求する多くの大学の研究者とはちがって、私は、開業医としての立場から、
口や歯をとおして幼児から高齢者の多くの方々とこれまで真剣に人間全体でお付き合いしてきました。
これが幸いしてか、歯だけではなくて人びとの全身健康を、幅広くそして深く、その奥底までも追求してくることができたでした。
このような考えで皆さんの全身の健康を願って誕生させたのがこのコーナーです。
中高年齢の方々、お孫さんをお持ちの主婦の方々、長い道程を経てこられたご高齢の方々、
さらに「歯」と「体」と「心」に関心を寄せる多くのかたがたの、今後の健康や、お口の健康はもちろん、
すこやかな食生活の一助になることを願ってやみません。
平成13年1月吉日 当HPの著者
総目次(1)
総目次 (2)